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2011年3月

2011年3月30日 (水)

瀬戸大橋の撮影話(2)

完成した写真を撮るには、あまりにもハードルが高い瀬戸大橋。

やっとの思いで「瀬戸大橋の撮影話(1)」でご紹介した写真を撮ることに成功する。だが・・・最大の拘りが達成されていなかった。

その拘りとは、

「夕日の中に列車を配置すること」

高校生の時に見た写真は、夕日の中に列車が走っていた!!

お日様の中に列車を配置する・・・この方法を探るために、さらに瀬戸大橋に2年通う。

機材をフィルムから『デジタル一眼』に買い替えて、ロケハンを続けて、そして・・・

やっと、完成形に限りなく近い写真を撮ることに成功する。

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場所は、本州側ではなく四国側。この場所を開拓して、2度目の訪問であった。

この写真は、3月に撮影。朝に大阪の自宅を出るときから快晴であった。

この時は移動費が一番安いフェリーで四国を目指した。神戸新港~高松がなんと1800円。4時間かかるが、ゆったりと過ごせるので贅沢な気分になる。

撮影場所に着いてもなお快晴・・・お日様が傾き始める。

いつもなら、お日様が雲に隠れたり、お日様の照度が極端に少なくなったりするのに、この日は見事なまでの綺麗な夕日。空の焼け方も文句のつけようがない。

「もしかして・・・」淡い期待を抱き、その瞬間を待つ。

綺麗なままの夕日はそのまま瀬戸大橋にかぶり始めて、そしてついに、自然は私の目の前で、最高の舞台を用意する。

あとは列車が来るだけ。

・・・神様は完全に私の味方をしてくれた。

9年間待ち続けた最高の瞬間。

夢のような光景を前に、我を忘れて夢中でシャッターを切り続けた。

橋を渡っている列車、お分かりいただけるだろうか?

しかし・・・これに満足せず、さらに美しい写真を求めて、私は瀬戸大橋に通い続けたい。

あの素晴らしい場所に通い続けたい。

2011年3月21日 (月)

いつの日か、また・・・

・・・ここではあえて災害の正式名称など申し上げません。

2011年3月11日、一生忘れることが出来ない痛ましい自然災害が発生しました。

その瞬間、私も都心のあるビルの6階で、大変怖い思いをしました。

それは、何もかも壊して・・・何もかも飲み込んで・・・その地域に住む人々を恐怖に落とし入れて・・・。

私は、無力さ故に被災地の方々に対して、何かお見舞いや激励の一言をかける言葉すら、見つけだすことができませんでした。

1995年の阪神大震災で、大きな被害を受けた地域がありましたが、その地域は長い年月はかかりましたが、多くの人々の力によって、徐々に復興してきました。

今、被災地の方々や復興に携わっている全ての方々は「復興」に向けて、一生懸命、頑張っておられます。

私は、いつの日かまた、被災地に平和な日々が訪れることを信じています。

・・・私には、祈ることしか出来ませんが・・・。

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震災より12年後の被災地にて:JR神戸線 さくら夙川~芦屋

2011年3月 8日 (火)

瀬戸大橋の撮影話(1)

本州と四国を結ぶ瀬戸大橋。

橋の上部を「道路」が走り、その下は「鉄道」が走る。

景色が良く、潮の匂いが漂い、船が行き交い・・・素晴らしいロケーションである。

私が高校生の頃、本屋で立ち読みしていたら、ある雑誌に瀬戸大橋が夕焼けのシルエットになって写っている写真が発表されていた。しかもシルエットになっているのは橋だけではなく、橋を走行中の車も列車も綺麗にシルエットなって写っていた。

息をのむほどの素敵な写真に、高校生ながら衝撃を覚えたのを鮮明に覚えている。

「そんな写真撮りたい!!」そんな思いから、瀬戸大橋に通い始めた。

まず、あの写真はどこから撮ったのか・・・?場所探しから始めなければならなかった。本州側の橋の周辺や、櫃石島・岩黒島・与島といった瀬戸大橋の橋脚が立っている島にも足を運ぶが、初めのうちはイメージ通りの写真に辿り着くことができなかった。仮に場所を見つけることが出来たとしても、瀬戸大橋周辺は、快晴でも、綺麗な夕焼けが拝めるとは限らず、思わぬところに雲があったり、湧き出したりして、お日様が隠れてしまうこともしばしば。

完成された写真を撮るには、気象条件・場所・列車通過時刻など全ての要素を合わす必要があり、あまりにもハードルが高く、何度泣いたか知れない。

その後も、暇を見つけては幾度となく通い、そしてやっとイメージに近い写真を撮ることに成功する。

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「下津井」という本州側の橋の麓にある町の高台にあるホテル付近から撮影した。

徒歩で下津井をロケハンしてやっと見つけた場所だった。

写真に写っているのは、本州の岡山と四国の高松の間を直通で結ぶ「マリンライナー」と呼ばれる車両。6両の内、四国側の1両目は2階建て車両になっていて、瀬戸内海のサイドビューを思う存分堪能できる看板列車。

この時の拘りは・・・

「綺麗な夕日が写っていること」

「列車の窓がちゃんと光に透けて見えること」

「橋の橋脚に列車の先頭部をかぶせないこと」の3点。

この写真が撮れた時点で、私は社会人1年目。瀬戸大橋に通い始めて、すでに7年が経っていた。

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