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2011年11月

2011年11月24日 (木)

「やまぐち号」への挑戦~憧れの仁保地峠~

なかなかいい絵を頂けなくなった「やまぐち号」。

最終日の今日は今までの反省から、写真の中に煙をやや大きめに入れて爆煙で走行するSLの迫力を出してやろう!というもの。

その為には、最高レベルでSLに煙を吐いてもらう必要がある。

一番の爆煙スポットとして知られているのが、山口線の中でも難所として知られている仁保駅から篠目駅の間に立ちはだかる「仁保路峠」。

ここを最終日の決戦の場とした!!

駅間の途中までは急勾配が続き、その後は一気に下って行くという線形。

急勾配を登る時に最高レベルの「爆煙」になるという。

その仁保駅から篠目駅に向かう勾配の途中に「田代トンネル」というトンネルがあるらしく、そこが有名撮影地との事。

その田代トンネルまでのアクセスは・・・

「仁保駅から国道376号を徳地方面へ。井開田交差点で県道123号に入りしばらく進む。途中の「仁保病院」の案内に従い左折して病院の行き止まりまで進み、そこから線路に向かって山に入っていけば撮影地」

とあった。

仁保駅から路線バスが出ていることが分かっていたので、それで仁保病院まで向かい、山に入ろうと思っていた。

が!しかし!!

撮影当日、仁保駅前バス停の案内を見ると、仁保病院に行く路線がないことが分かってしまった・・・。急いで路線バスを運行している「防長バス」に問い合わせたところ「途中の井開田までしか行かない」との事。

なんですとぉぉぉ!!

まぁ今思えば・・・なんと前調べの浅かった事・・・。

とりあえず次に来るバスに乗り「井開田」まで行くことにした。てっきり「井開田」という停留所があるものだと思っており、「東井開田」を通り越したのだが・・・待てど暮らせど、バス車内のテープ音声のお姉さんが「次は井開田」と言わない・・・。

心配になってきた。このバスは今何処を走行しているのか??

携帯のGPS機能で現在地を検索しても・・・分からない。井開田は何処??通り過ぎたのか??「東井開田」で降りるべきだったのか??

バス乗車後20分。明らかに通り過ぎている。

相変わらず携帯のGPS機能で現在地を調べると、現在の走行地点から山口線が結構近くに走っている・・・ような地図が表示された。

「山口線の線路が見えたら途中下車しよう」と思っていたが・・・突然地図上から線路表示が消えて、その後は二度と表示されることはなく、バスはそのあと40分近く走行を続け、終点の「堀」というターミナルに到着した。運賃は1000円弱。なんという無駄な出費。

その「堀」がどこにあるのか、現在地は何処なのか全く分からない。携帯のGPS機能など今の自分には全く役に立たない。もうタクシーに頼るしか選択肢がなかった。

「やまぐち号」の仁保駅の通過時刻も迫ってきているというのに・・・またタクシーが走っていない!!急いで近くのお店に助けを求め、ご丁寧にタクシーを呼んでもらった。

タクシー乗車後30分程度で仁保病院に到着。料金は5000円弱。さすがに凹む。

もう「やまぐち号」の仁保駅通過まで時間がない!!

凹むのもそこそこに、山口線に向かって延びているであろう、病院の駐車場の奥から山に続く林道を進む。

「この道で合ってんのかなぁ~?」と疑いつつ進んでいくと・・・人の腰丈程ある雑草が生い茂っている広場に出た。この人を寄せ付けない感じ。しかし列車の走る音が近くに聞こえたので、線路が近くにあることは確か。しかし・・・かすかにこの先に道らしきものがあるものの入る勇気がなく、蜂も羽音を出して来ている為、この先は危険と判断し撤退。

駐車場まで戻って他のルートはないのかと探していると、SLの汽笛と客車の軽やかなジョイント音を残して「やまぐち号」が通過し、THE END。

もがくだけもがいて、2008年の挑戦は幕を下ろしたのであった。

病院の駐車場で「ガックリ・・・」していると、さっきの「やまぐち号」を撮影していた愛好家たちが下山してきた。しかもさっき自分が入っていった林道ではない所から降りてきている。

そこか!!

もうこれ以上無駄な出費はしまいと、仁保病院から仁保駅まで歩いている途中に猛烈な夕立にあってしまい、消防団倉庫の軒下で雨宿りしていると、一台の軽トラックが止まり、運転していたおばちゃんが声を掛けてきた。事情をすべて話すと「仁保駅まで送るよ」と・・・。

「ありがとうございます」以外に言葉が見つからなかった。

「いつか必ずモノにしてやる」と再訪を誓い、山口を後にした。

・・・そして1年後の2009年夏。決戦当日。

朝から豪雨であった。新山口から初発で仁保駅に到着。列車を降りるとき運転士さんから「この先は規制がかかるほど雨が降っとるから撮影気を付けて」とお声を頂いた。

三脚を担いでいたので、自分が撮影者だと分かったのだろう。礼を言って仁保駅に予め呼んでいたタクシーに乗車し、仁保病院に到着。

この頃には雨脚も少し弱くなっていた。病院倉庫の軒下でカッパを着て・・・さぁ!!いざまいろうか!仁保路峠!!

去年、カメラマンが下山してきていた道から入山。

ぬかるむ薄暗い山道。変な動物の鳴き声も聞こえる。それに時々クモの巣に引っ掛かる。まだ誰も入山していない様子。あまりにも心細すぎる。しかし「引き返す」という選択肢はなかった。

どれほど歩いて来ただろうか。いきなり道が急勾配になって上からロープが吊るされている。「これが山口線の築堤か」と確信してロープを伝って登ると、いきなり線路が現れた!

ついに来た!!憧れの撮影地である。

軽く付近をロケハンして場所を決めてセッティングを済ませ待つこと2時間弱。

いつしか雨は止み、少し明るくなってきたことろで・・・奴が現れた。

Img_4131

この日はC57形を先頭にC56形との重連運転の日。

2つの機関車から出る爆煙とドレインで最高に迫力のある絵に仕上がった。・・・というか、ここで撮影出来ていること自体幸せだった。

しかし、まだ別の場所で撮りたいイメージがあるのも事実。

「やまぐち号」の魅力が伝わる写真を、これからも撮影して行きたい。

2011年11月13日 (日)

「やまぐち号」への挑戦~出会い~

山口県は新山口(旧・小郡)から、広島県の日本海側に位置する益田を結ぶ山口線にSL列車「やまぐち号」が走り始めたのは、今から32年前の1979年の事。

当時の日本国有鉄道の「無煙化」によりSLによる定期列車が全廃されてから3年半後に運転が開始されており、今日、日本各地を走るJRのSL列車の先駆けとなった。

「やまぐち号」を牽引するのは、C57形蒸気機関車(C57-1)と、C56形蒸気機関車(C56-160)の2つの機関車。

基本的にはC57形で運転され、C57形の故障・検査時・短編成時はC56形で運転される。

私が「撮り鉄」となって、この「やまぐち号」の撮影に最初に訪れたのは2008年の夏。

九州から北海道まで、たくさんのSL列車がある中で「一番煙を吐く」と有名な「やまぐち号」に魅力を感じ、この年から山口線に通い始めた。

蒸気機関車の撮影でカギとなる「煙」。

我々愛好家の中では、猛烈に煙突から煙が出る事を「爆煙-バクエン」と言っている。

この山口線には、全国からこの「爆煙」を求めてファンが集う。

2008年夏。初戦。

新大阪から新幹線に乗り新山口へ。新山口からは山口線に乗って「宮野」という駅で降りて、歩くこと30分。煙を吐く姿が撮影出来て、且つアクセスも比較的手軽な有名ポイントへ到着。

この日はC56形による運転で、2両の客車を牽引してやって来るという。

このポイントには踏切がある為、列車が近づいて来ると当然警報機が鳴るので、列車の接近が分かるのだが、SL列車の場合は「シュボシュボシュボシュボシュボ・・・・・・・・ボォ~!!」とドラフト音や汽笛が警報機が鳴るずいぶん前から聞こえてくる。

我々愛好家は、その音が聞こえてくると、最後の構図・露出チェックを済ませ臨戦態勢に入り、撮影現場は程よい緊張感に包まれる。

ドラフト音が徐々に大きくなってきて初めて警報機が鳴る。

ここは少し高台にある撮影地。車体より先に、茂みの向こう側から、真っ黒な黒煙が線路伝いに近づいて来るのが最初に見えた。

そして「C56形」が黒煙を高らかと上げ、何とも言葉にし難い凛々しい姿を我々に披露する。

Img_2193

黒い巨体を小刻みに左右に揺らし、黒煙を高らかと吐き上げながら驀進するC56形。

確かに「爆煙」。

その迫力に呆気にとられてしまい、レリーズポイントを忘れそうになってしまった。

いい絵を頂いて満足はするものの、その姿に完璧に惚れ込んでしまい、その後もいい写真を求めて「やまぐち号」を追いかけるも、煙の加減やら・・・天候やら・・・いや、それ以前に「単に機関車を撮った」的な写真になってしまったりで、なかなかいい絵は頂けなくなってしまった。

「単に煙が上がっている時にシャッターを切れば良い」というものでもないようで「ではどうすれば写真の中に迫力が得られるのか?」のプレビューを見続け、反省した。

・・・ある結論に至った。

「写真の中で機関車と煙を同じ比(大きさ)で撮ると失敗している」

要は「機関車」と「煙」を喧嘩させてしまっていたようであった・・・。

分かったら早速実行!!

以前から目を付けていた煙を最高レベルで吐き出す場所に陣取って一発やってやろう!!

明日は撮影最終日。ホテルにて一人作戦会議を行った。

「やまぐち号」への挑戦~憧れの仁保地峠~につづく・・・

2011年11月 1日 (火)

伊豆の風景

東京と伊豆急行線・伊豆急下田などを結ぶ特急「踊り子号」が運行を開始して、今年で30周年になり、またJR伊東から伊豆急下田へ延びる「伊豆急行」は今年で開業50周年。

2011年はそんな節目の年。

それを記念して、それぞれ1編成づつではあるが「踊り子号」は運行開始当時の車両装色に戻して、また「伊豆急行」は今は全廃されたが、開業当時に走っていた車両の装色で運転されているという。

なるほど。

しかし「どうせ記念イベントの臨時列車で土日祝だけしか走らないんだろう」と諦めかけていたが、なんと2列車とも定期列車と共同運用との事・・・。

すなわち、それは平日にも撮れることを意味する。

土日祝に休めない者にとって、これほどテンションの上がる情報はない!!

「何時かは絶対モノにしてやろう」と思った時には、すでに脳内撮影旅行を始めている自分がいた。

「踊り子号」とか「伊豆急行」と聞くと、やっぱり「海の近くを走る」というイメージが真っ先に浮かんだ。

それに今回は伊豆急行の車両もターゲットになるので、伊豆急行線内の海が見えるポイントで撮影することにした。

しかし、今回の撮影を成功させるには、仕事が休みの日にターゲットとなる編成が運用されていて、快晴であり、且つ上昇気流によってチリが舞い上がったり、湿気によって海が霞んだりしないような気温・湿度の日でなければならず、果てしなくハードルが高い。

伊豆急行の車両については、伊豆急のHPに編成の運用情報が載ってあるので、通過時間等の情報が容易に手に入るが、踊り子号の車両はそうは問屋が卸さない。公式には編成の運用情報など発表されておらず、8本ある編成が変則的なローテーションを組んで運用されており、この内の1本を狙うのだから「偶然」を狙うのは無謀。某掲示板の運用情報と常ににらめっこで、出撃のチャンスを伺う。

そして、10月7日。初戦。

この日は「踊り子号」がターゲット編成で運用されるかもしれないとの情報を入手したので馳せ参じるも、急に運用が差し替わったらしく通常編成で運転された上に、水平線が見えないぐらいに海が霞んでおり、初戦にしていきなりダブルパンチを喰らい撃沈。

10月26日。第二回戦。

まず気温については「この秋一番と冷え込み」と言っていたのでクリア。湿度も50%でクリア。もちろん快晴。しかも踊り子号の編成も伊豆急の編成も両方運用されているとの事・・・文句の言いようがないほど好条件なのに、こんな日に限って寝坊・・・。

必死の支度の末、何とか東京11時発の「スーパービュー踊り子号」に間に合い、12時45分頃、伊東に到着。伊東から撮影地までは路線バスで移動。13時30分頃に伊豆急行の車両が撮影地を通過するのだが、またまたこんな日に限って、路線バスの運ちゃんがノロノロ運転・・・。

急げぇぇぇぇぇ~!!

辛うじて通過5分前に撮影地に到着。

落ち着け・・・急いてセッティングしたら凡ミスして泣き寝入りするのは目に見えている。

設定を確認しつつセッティングを済ませ、露出・ピントを合わせ終わると同時に伊豆急行の車両が通過。

Img_0149

車体の色と、海・空の色が見事にマッチ!!

これが伊豆急行の伝統色「ハワイアン・ブルー」である。

伊豆大島まで見えるという最高のロケーションで大満足!!

この後、無事に踊り子号もターゲット編成で通過した。

本来であればここで帰るつもりだったが、翌日も休みで天候もこのままという事で、本日は熱海で一泊して引き続き27日も撮影することにした。

10月27日。昨日と同じ気象条件は良好なのに、当たり前の如く寝坊。

今日は伊豆急行の編成を昨日とは違う場所で狙おうと考えていたが、某掲示板で踊り子号の運用情報を見ると、なんと今日も踊り子号のターゲット編成が午前中に伊豆急行線に乗り入れてくるとの事!!

呑気に寝坊などしている場合ではない!!

撮る場所は決めていたので、熱海始発の伊豆急下田行の各停で、撮影地に急行!!

セッティングを済ませ待つこと十数分。踊り子号が姿を現した。

Img_0182

険しい地形に作られた小さな街に掛かる鉄橋を、最高のロケーションの元、短く汽笛を鳴らして、ターゲット編成による踊り子号が通過した。

白い車体に、側面には3本の緑のストライプ。国鉄時代の「踊り子号」と言えば、このカラーリングであった。当時としては画期的なカラーリングで人気を集め、利用客や沿線住民の目を楽しませたという。

この2枚の写真が撮れて、もう最高に満足だった。

折角こんなにいいロケーションなので「撮り鉄」はここまでにして、この後は「乗り鉄」として、伊豆急行の車内から伊豆の車窓を楽しむことにした。

伊豆急行線には「リゾート21」という車両が運行されており、普通列車にも関わらず先頭部と最後部が展望席となっており、もちろん普通列車なので、指定席券やグリーン席券なども必要なく、普通乗車券のみで利用出来る。幼少の頃に僅かながらワクワクして展望席に乗った記憶があったが、それから二十数年経ったこの日に乗っても、相変わらず展望席にワクワクしながら乗っている自分がいた。

伊豆急下田まで展望席を楽しんだ後は、踊り子号で東京へと帰路につき、茜色に染まった相模灘に浮かぶ大島を右手に、伊豆を後にした。

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